すーてき散人空の紙

北陸発、テキスト偏重、テーマは原則その時々、気分次第の旬刊ないし月刊、あるいはときどき不定期刊のブログです。

<span itemprop="headline">どうにも熱い、焼酎ネーミング シリーズ11</span>

 なかには、それって今はやりのハイブリッド?、ちょっと無理な読み?な焼酎の商標、銘柄もあります。昭和、平成の合併問わず町が合併すると、決まって、足して2で割ったような複合地名が誕生して来たし、まして商品の名前となるとマーケティング戦略上、奇怪な当て字、奇っ怪な用語も出てきます。今回は、「天魔の雫」と「知心剣」について

 既掲載は
(シリーズ10◆天孫降臨◆不阿羅王)
(シリーズ9◆晴耕雨読◆おやじの誇り) 
  (シリーズ8◆この地に天使が舞い降りた。 天使のささやき 恋あじ◆両思ひ)
(シリーズ7◆今も昔も焼酎は、西、岩倉 月の中◆二階堂 吉四六
 (シリーズ6◆虎の涙◆蔵人の戯れ)
(シリーズ5
◆いも神◆元祖やきいも)
(シリーズ4◆魔女からの贈りもの 魔法のくちづけ◆うわさのいい夫婦)
(シリーズ3◆
百年の孤独◆問わず語らず名も無き焼酎)
(シリーズ2◆銀座のすずめ◆とんぼの昼寝)
(シリーズ1◆六地蔵の夜仕事◆我伝直伝)


天使と悪魔のハイブリッド
あり得ない恋の産物
◆天魔の雫◆
(鹿児島・中俣合名、芋)

ショッピングセンターの棚から棚へ、焼酎のラベル鑑賞をしていると、「魔」の字が多いなと気づきます。魔王に魔界、魔法、魔女、そして閻魔…。他にもネットで調べてみると、魔峡、魔焼、魔龍、魔剣、魔猿、土魔、魔球などまさに多士済々。焼酎の世界は、「魔の魅力」にあふれています。
決して好感度な字ではないのに、なぜかくも「魔」の字は引く手あまたなのか。むしろ清純な「天使」の方が少数派なんですな、不思議なことに。



そうして、ついに登場しました。天使が悪魔に恋をしてできたと触れ込む商品名「天魔の雫」。仏道世界では天魔とは、修行を妨害する第六天魔王のことなのに、ここ焼酎世界では、天使と悪魔のハイブリッド(複合体)らしい。裏のラベルを子細に見ると、次の一文がありました。

「蔵に住む天使と悪魔が恋をした。酒の神にもわからない秘密の出会いが醸しだす素敵なハーモニー」。
判じものの妖しの世界ですな。
ラベルの絵柄がちょっと〝引きたく〟なる大正時代調なのもうなづけます。泉鏡花の妖しの世界に近づくような…。

で、先の一文。蔵に貯蔵する3つの原酒をブレンドしたら、想像以上に素敵な味わいに仕上がったーということのよう。あり得ないはずの原酒のブレンド、これが秘密の出会いであり、天使と悪魔の恋とは、あり得ないことの強調表現。つまり「禁じられた焼酎」なんですな。

金沢市主計町の「暗がり坂」は、幼少のころの泉鏡花も何度となく通っただろう小さな坂。この暗がりの空間が、長じて鏡花独自の魔境、魔界、妖しの小説世界につながっていったとみなされているんですな。天魔という造語の世界、なにやら鏡花作品『天守物語』を連想させます。

魔の字が引く手あまたなわけ? 一旦はまると、「まぁ」容易には抜け出せませんから。抜け出そうとすると近くに閻魔大王がいるー。「まぁ」、かないませんから。


「知」よりもむしろ「白」に
文法的に無理、読み周知難しく
知心剣
(京都・宝酒造、麦)

知心剣。ラベルによると、「しらしんけん」という大分県の方言に、あとから漢字を当て、ネーミングとしたようです。が、事情を知らないと、ぱっと見で、「ちしんけん」と読んでしまいますな。商品名の周知に広告宣伝費がかかりそうですな。

ホント、知心剣=しらしんけんとは、予想外の読みです。訓読み1つと音読み2つが、豪快に3段の湯桶読み(ゆ=訓、とう=音)になっているのはいいとしても、どうにも「知=しら」が魚の小骨のようにのどに引っかかります。スムーズに飲み込めないのです。なぜでしょうー。

文法に動詞の五段活用というのがあります。終止形「知る」の未然形「知らない」から、語幹ではない「しら」を引っ張り出してくることに、そもそも無理があるんですな。未然形から「しら」を引っ張り出してネーミングに使えるのなら、仮定形「知れば」から「しれ」を取って名前に採用するも可となります。

知心剣と書いて、しらしんけん、しりしんけん、しるしんけん、しれしんけん、しろしんけん、とどうとも読めることになっちゃいます。混乱を招かないためには、文法という〝交通信号〟はやはり守った方が良さそうですよ。


 麦焼酎の本場、大分で「しらしんけん」は一生懸命を意味するそうです。何が何でも漢字を当てるのであれば、雑念の出てきようのない懸命さを言うのであれば、むしろ「白」がそのイメージに近いと思われます。

白には無垢、空白の意のほか、告白、白状、自白のように、胸中のすべてを外に出す=申すという動詞の意味もありますから。
白山しらやま、白木しらきと、読みにも何ら無理はありません。

ネーミングの主に、失礼を承知で申し上げれば、しらしんけんには〈白+心+剣〉の方が似合っている、いやぴったりのように思えますな…。「真剣白刃取り」の凄みさえ連想しますな。

人名漢字はどう読もうと読ませようと自由、という突拍子もない原則のために、得手勝手なきらきらネームが流行り、保育所、小学校現場を泣かせています。名前の読みがすぐには分からないため、保育士、先生が子どもに声をかけにくい状況にまでなっているとか。たくさん親しみを込めて呼ばれる名前がベストには違いなく、太郎、花子の偉大さが分かるのです。

商品のネーミングも同じでしょうな。
もっとも、予想外の読みもマーケティング戦略のうち、というのであれば別ですが…。余分余計なこと、数々でしたな。

次回、シリーズ12で。