<span itemprop="headline">どうにも熱い、焼酎ネーミング シリーズ9</span>
シリーズの第9弾です。せっかくの焼酎のラベルを前に考え込んでしまうネーミングもあります、いや、ありました。連想も軽快にはいきません、重い重たい難題を出されては。
雨の日には沈思黙考、頭の中ぐるぐる、酒の足も千鳥の如く、引きずる如くー。いろいろ考え込みますな。今回は、「晴耕雨読」と「おやじの誇り」について。
既掲載は
(シリーズ8◆この地に天使が舞い降りた。 天使のささやき 恋あじ◆両思ひ)
(シリーズ7◆今も昔も焼酎は、西、岩倉 月の中◆二階堂 吉四六)
(シリーズ6◆虎の涙◆蔵人の戯れ)
(シリーズ5◆いも神◆元祖やきいも)
(シリーズ4◆魔女からの贈りもの 魔法のくちづけ◆うわさのいい夫婦)
(シリーズ3◆百年の孤独◆問わず語らず名も無き焼酎)
(シリーズ2◆銀座のすずめ◆とんぼの昼寝)
(シリーズ1◆六地蔵の夜仕事◆我伝直伝)
時代超越の真理に異論無し
意味と価値、変容しつつ重み
◆晴耕雨読◆
(鹿児島・佐多宗二商店、芋)
ラベルをよ~く見ると、
和製の漢詩がある。五言律詩スタイル。
人生中年過 戴仕事重責
一時忘浮世 人生最高楽
非栄達贅沢 齧煎豆罵倒
歴天下英雄 呑晴耕雨読
~ 気ままに私流に訳してみると ーー
男子の一生、
半ばを過ぎると
肩の荷はますます重たくなり
憂き世を忘れたい時もあるさ
いいか、人生最高の楽しみは
決して名誉、財産ではないぞ
酒を手に煎り豆をかじりつつ
古今の英雄を次々俎上に載せ
批判論破を試みることにある
そのために、万巻の書はある
晴耕して呑めば酒一段と旨く
雨読して呑めば酒馥郁と香る
万巻の書が待っているのだぞ
(一部補足)
晴れては耕し雨降っては書に親しむという、時代を超越した真理に、いささかの異論もございません…。が、一言だけ言わせてください。
65歳定年制といういまどき、それでも晴耕雨読の優雅な方はいるのでしょうか。長ければ大卒後43年、高卒後は47年間も一つの会社に勤務することになるのです。それまで、そして定年後のセカンドライフへ、気力、体力は保てているでしょうか。
保てなければ生活厳しく…の時世になって来るのです。わずかの自給自足を試みようにも、マンションだと畑地がなく、行政の家庭菜園はあっても距離遠く、当選倍率は高い。晴耕雨読には手が届きそうでなかなか届かない。
せめて、酒飲むときは本のページでもめくりながら…。
いや、めくるよりタッチの、電子書籍の時代ですな。電子書籍ならネット経由で何冊でも端末に買い込め、さながら手のひらに本棚があるよう…。紙の手触りなくて、ありがたいのかありがたくないのか、スーパーな時代には違いないのですが。
そうこう口説いていると、戸外は雨。
端末の画面をつっつきながら、ちびりちびりと…、気分だけでも晴耕雨読。
この4字熟語の意味と価値、変容しつつますます重くなっていきますな。
社会に伍していく子の姿、時代の新陳代謝
信長、信玄の「父親凌駕」
◆おやじの誇り◆
(佐賀・光武酒造場、芋)
何か、人生の根幹に関わる命題を突きつけられたような感じです。そなたの、親父としての誇りは何ぞや、答えてみよ―。
なんと難しい、悩ましいことを聞きなさる。心落ち着くはずの焼酎タイムが、頭抱え込む反省タイムになりかねませんな。こんなだと売れ足超スローになりますよ~、それでもいいんですか?蔵元さん。
でも、せっかく戴いた命題だから、この際少しく真剣に考えてみよっと。
画家は絵などが売れ、手放すとき「嫁に出す」などと表現する。作品として仕上げるまでの腐心と丹精のほどが言わせる言葉のようです。しかし、不思議なことに、そして悲しいことに、「やっと独り立ちさせた」などと、息子になぞらえることはしませんな。なぜでしょうか。
つらつら考えるに、子はいつかは親を凌駕していかねば世代交代は進まないからではないでしょうか。誤解を恐れずに言えば、社会の新陳代謝も進まないからではないのでしょうか。
父親を藩外に追放した武田信玄や、父親の棺に焼香の灰を投げつけた織田信長。無意識のうちの、「父親凌駕」の一場面だったのかもしれませんな。世間に七人いるという、男の子の敵の一番手は、実は父親なんだということを暗示してます。
してみると、親父の誇りとは、世の荒波に立派に伍していく、伍している子の姿にあるのかもしれませんな。
しかし、そんな七面倒な、頭の痛くなるような親子論を持ち出さなくても、親父の誇りはいくらもあるはず。物差しはただ一つ、親父が親父としての存在感を示せているか、否か。
ひょっとしてこの焼酎「おやじの誇り」も、蔵元の、親父の誇り、かな?!
軟派なようでいて、その実、何とも硬派なネーミングでしたな。
きょうは、これにて。次回シリーズ10で。
雨の日には沈思黙考、頭の中ぐるぐる、酒の足も千鳥の如く、引きずる如くー。いろいろ考え込みますな。今回は、「晴耕雨読」と「おやじの誇り」について。
既掲載は
(シリーズ8◆この地に天使が舞い降りた。 天使のささやき 恋あじ◆両思ひ)
(シリーズ7◆今も昔も焼酎は、西、岩倉 月の中◆二階堂 吉四六)
(シリーズ6◆虎の涙◆蔵人の戯れ)
(シリーズ5◆いも神◆元祖やきいも)
(シリーズ4◆魔女からの贈りもの 魔法のくちづけ◆うわさのいい夫婦)
(シリーズ3◆百年の孤独◆問わず語らず名も無き焼酎)
(シリーズ2◆銀座のすずめ◆とんぼの昼寝)
(シリーズ1◆六地蔵の夜仕事◆我伝直伝)
時代超越の真理に異論無し
意味と価値、変容しつつ重み
◆晴耕雨読◆
(鹿児島・佐多宗二商店、芋)
ラベルをよ~く見ると、
和製の漢詩がある。五言律詩スタイル。
人生中年過 戴仕事重責
一時忘浮世 人生最高楽
非栄達贅沢 齧煎豆罵倒
歴天下英雄 呑晴耕雨読
~ 気ままに私流に訳してみると ーー
男子の一生、
半ばを過ぎると
肩の荷はますます重たくなり
憂き世を忘れたい時もあるさ
いいか、人生最高の楽しみは
決して名誉、財産ではないぞ
酒を手に煎り豆をかじりつつ
古今の英雄を次々俎上に載せ
批判論破を試みることにある
そのために、万巻の書はある
晴耕して呑めば酒一段と旨く
雨読して呑めば酒馥郁と香る
万巻の書が待っているのだぞ
(一部補足)
晴れては耕し雨降っては書に親しむという、時代を超越した真理に、いささかの異論もございません…。が、一言だけ言わせてください。
65歳定年制といういまどき、それでも晴耕雨読の優雅な方はいるのでしょうか。長ければ大卒後43年、高卒後は47年間も一つの会社に勤務することになるのです。それまで、そして定年後のセカンドライフへ、気力、体力は保てているでしょうか。
保てなければ生活厳しく…の時世になって来るのです。わずかの自給自足を試みようにも、マンションだと畑地がなく、行政の家庭菜園はあっても距離遠く、当選倍率は高い。晴耕雨読には手が届きそうでなかなか届かない。
せめて、酒飲むときは本のページでもめくりながら…。
いや、めくるよりタッチの、電子書籍の時代ですな。電子書籍ならネット経由で何冊でも端末に買い込め、さながら手のひらに本棚があるよう…。紙の手触りなくて、ありがたいのかありがたくないのか、スーパーな時代には違いないのですが。
そうこう口説いていると、戸外は雨。
端末の画面をつっつきながら、ちびりちびりと…、気分だけでも晴耕雨読。
この4字熟語の意味と価値、変容しつつますます重くなっていきますな。
社会に伍していく子の姿、時代の新陳代謝
信長、信玄の「父親凌駕」
◆おやじの誇り◆
(佐賀・光武酒造場、芋)
何か、人生の根幹に関わる命題を突きつけられたような感じです。そなたの、親父としての誇りは何ぞや、答えてみよ―。
なんと難しい、悩ましいことを聞きなさる。心落ち着くはずの焼酎タイムが、頭抱え込む反省タイムになりかねませんな。こんなだと売れ足超スローになりますよ~、それでもいいんですか?蔵元さん。
でも、せっかく戴いた命題だから、この際少しく真剣に考えてみよっと。
画家は絵などが売れ、手放すとき「嫁に出す」などと表現する。作品として仕上げるまでの腐心と丹精のほどが言わせる言葉のようです。しかし、不思議なことに、そして悲しいことに、「やっと独り立ちさせた」などと、息子になぞらえることはしませんな。なぜでしょうか。
つらつら考えるに、子はいつかは親を凌駕していかねば世代交代は進まないからではないでしょうか。誤解を恐れずに言えば、社会の新陳代謝も進まないからではないのでしょうか。
父親を藩外に追放した武田信玄や、父親の棺に焼香の灰を投げつけた織田信長。無意識のうちの、「父親凌駕」の一場面だったのかもしれませんな。世間に七人いるという、男の子の敵の一番手は、実は父親なんだということを暗示してます。
してみると、親父の誇りとは、世の荒波に立派に伍していく、伍している子の姿にあるのかもしれませんな。
しかし、そんな七面倒な、頭の痛くなるような親子論を持ち出さなくても、親父の誇りはいくらもあるはず。物差しはただ一つ、親父が親父としての存在感を示せているか、否か。
ひょっとしてこの焼酎「おやじの誇り」も、蔵元の、親父の誇り、かな?!
軟派なようでいて、その実、何とも硬派なネーミングでしたな。
きょうは、これにて。次回シリーズ10で。